ツインレイ女性とシャーマニズム

こんにちは、Pink Pig です。
 
今回はツインレイ女性とそのスピリチュアル・パワーについて、自身を一例に語ろうと思います。
スピリチュアルな力というものは、自分がありますと言ったって、はいそうですかと認めてもらえるものではありませんよね。それでお金をもらっているので無ければ、認めてもらう必要も特にありませんが。ただ私自身が、ツインレイ・プログラムが始まって以降、「私何か能力あるらしいよー」とゆるく気づいていったので、ツインレイ女性がスピリチュアル面で男性レイを引っ張っていくケースが多いと言うのは、あながち嘘じゃないだろうと感じています。
 
私の四柱推命の日柱は、「異常干支」と呼ばれるものの一つです。いきなり人捕まえて「異常」って失礼だと思いますが(笑、まぁ自分人とは違うなとは感じていました。スピリチュアルな能力を祖先から受け継いでいるそうですが、霊が見えるとかいうのとは違います。見えるのは、良くも悪くも、人の心(と思考)です。相手の考えていることがサイキック・パワーですらすら読めるのとは違います。極めて現実的な方法、つまり直感力が特定の方向に鋭い脳の造りなので、相手の声のトーンや表情、行動や思考パターン、言っている内容と相手が本質的に求めているもの、避けているものの矛盾等を総合して、人の静かな愛情の表現、また裏の顔や計算、欺瞞等が「読めてしまう」「傾向にある」ということです。あくまで傾向です。スーパー・パワーではありませんのであしからず。ちょっと人よりそういう感性が強いというだけです。(私とは逆に、主人は人の心やその裏が読めなさすぎる人です。私達は本当に正反対の長所を持って生まれてきています。)
 
スピリチュアルな能力とは、「何か現実からかけ離れた」ものとは限りません。実際、現実もスピリチュアルも辻褄が合うように造られているので、まるで魔法のように思えるできごとは、おそらく私達の現実の理解能力が追いついていないからだろうなと私は思っています。例えば「あの世」も含めて、あればそれは現実です。
 
人は自分の名前を自分で決めて生まれてくると言われますが、私の名前には「神に誓い神意を悟る」と言う意味があります。大層に聞こえますが、ごくごくフツーの名前です。あえて言うなら漢字が微妙に少数派。フツーすぎて、小さい頃は「ダサいわ−」と嫌っていました(笑)お寺でつけてもらったそうです。おそらく私の魂は、自分がツインレイ女性として生きることを設定し、その役目のヒントを名前にしたんだろうなと想像します。その割にはお役目に対し文句タラタラですが…神に誓ったんじゃなかったのか、私。
 
インターネット上でどういった情報に巡り合うかにも、スピリチュアルな力が働いているというのは、既に多くの人が感じていることですね。私の場合、誕生日からは「情報収集能力に優れている」性格らしいですが、実際のところは情報通でも何でも無く、ただ「必要な時に必要としている情報に巡り会いやすい」ラッキー度が、特にツイン・プログラム勃発以降急上昇しているのを感じます。シナリオに「いい順番で」自然に情報が明け渡されるようなので、私自身は必死に情報を探し求めること無く、ふと気になったことやキーワードを検索した時に、次のステージへのきっかけとなる情報が来るといった感じです。
 
私よりはるかにIQの高い主人が、私の情報収集能力に驚くというのですから、実際そういった長所があるのでしょう。でも私がインターネットや周囲のヒントから得る情報は、大概家族の成長の助けになるものです。それらと自身の成長や、ツインプログラムがリンクしている感じでもあります。ですので、私は自分の「能力」は、神から与えられたもの、というか、周囲の人を助けるという目的を神が私を通して行っているだけで、自分はそのマリオネットか、伝導体のようなものだと感じています。
チャネラーもそうですが、神と繋がる伝導体の役目を持つ人がシャーマンですよね。でもその人自身がすごい、というよりは、人を使える神がすごい、と私は感じます。私は神に使ってもらえる自分も割と好きですし、(何度も言いますが、不満タラタラでもありますが…)無理に謙虚ぶるつもりはありません。が、実際に神の意思を感じることが増えると、正直に「うわぁ、自分使われてるな−」感満載です(笑 特別なものでは無く、それに気づかずとも私達一人一人が皆神に使われているように、ごくごく自然なことなんだろうと思います。
(ちなみに、ここでは神とハイヤー・セルフ、アセンデッド・マスター等を区別せず神と読んでいます。あしからず。私には具体的に何が誰の影響か等は解りません。)
 
神に使われた人と言えば、キリストも、例えば特に人類の為に死にたくて死んだんじゃ無いですよね、多分。(そうだという説も沢山あり、個々の解釈をどうこう言いませんが。私はテキストからそう理解するのが自然だと感じます。)処刑される前も、それを知っていながら、「できればやめてください。でもあなたの意思なら遂行してください。」的な祈りを捧げて苦しんでいたと、聖書には書かれていました。死の間際の「我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか。」も有名ですね。
キリスト教に楯突くつもりはありませんが、私個人としては、キリスト自身は神では無く、非常にスピリチュアル的に目覚めていた人間だったのではと感じています。神が自分を疑っても仕方ありませんし。人類に与えた影響を考えると、偉大な人だったのは私ごときが言うまでもありませんが、あくまで私個人としては、素直に「可哀想…」と思ってしまいます。復活されたとか、アセンデッド・マスターになったとか、後の話は色々ありますが。それにしたって気の毒です。仮に本人の意思で、神の意思に従いメシアとして苦しんだとしても、苦しみは苦しみです。まさか自分が処刑される運命だとは、最後まで受け入れるのが辛かった様子が伺えます。
 
ここから何が言いたかったのかと言うと、ツインレイもライト・ワーカーということになっていますが、「人類の幸せが私の幸せ」ぐらいに悟っていないと、神に指名される存在であっても、それがイコールで個人の幸せとはなりませんよね。(私なんか悟りとはほど遠く、「私エゴの欲求が満たせる人生生きてみたいんですけど?!」と常に求めてます。そんなんでも割と幸せですが。)神の愛はそれほどに理解が難解なものなんだと思います。それは自己愛と自己矛盾も含めてそうですね。神に愛されるといいことも沢山ありますが、自分が無意識に自己犠牲を望んでいたら?何だか空恐ろしい気もします(笑
 
Pink Pig でした。