科学とスピリチュアリティと真実と

こんにちは、Pink Pig です。
 

いきなりなんですが、スピリチュアリティと科学は、矛盾しません。

 

私達が自分たちの事象への理解力の限界を補う為に「スピリチュアリティ」、「科学」といった言葉で分けているだけで、実際のところ「真実はいつも一つ」です。スピリチュアリティを受け入れる人は、事象やその成り立ちを完全には理解できない自分も含めて、真実をただ真実と(認知している自分を)受け入れられる人。でもそういった人が、今度は科学をあたかもスピリチュアリティよりも低次元の真実であるかのように軽んじたりします。(皆どっぷり科学に基づいた生活してますが…)
 
違います、科学はスピリチュアリティで、スピリチュアリティは科学です。私達の理解度の問題は、真実に問題があるわけではありません。あなたの生きている現実が、それが何であっても、紛れもなく一つの真実であるように。現実逃避が、本当の意味でスピリチュアルな学びを成し遂げないように。(空想の世界も、それはその次元であると言えばありますが。)世界は矛盾しません。私達が無知なので、矛盾しているように見えることがあるだけです。
 
そういったことから、現実や科学と矛盾したことをスピリチュアリティで提唱する人は、真実を告げていないと解ります。しかしここで非常に難しいのは、人間の知りうる科学にも非常に限界があり、世界の理の複雑さに比べるととても小さな知識なので、一見スピリチュアリティと科学が矛盾している「ように見える」ことも多々あるということです。
 
例えば、「エゴを捨てなさい」とか、「あらゆる欲(食欲、物質欲、性欲、所有欲等、人間機能としてそもそも備わっているもの)を持つな」とか、心理学的に見て不可能です。(心理学を科学の変形と捉えるか、またはスピリチュアリティと捉えるかは人それぞれですが、どっちでもいいです。どっちも同じだから。)でも、私達人間の達成できないであろう高度な脳科学を持ってすれば、「エゴを大幅に減らす」ことはできるし、その科学的からくりも解るでしょう。もしかしたらエゴを無くすことだってできるかも知れません。現実的に考えて、それもう健康に機能してる人間じゃありませんが。
 
人間は非常に複雑なロボットと変わりません。思考も感情も科学ですし、現代医療も昔の人からしたらスピリチュアリティです。その差は、気が遠くなるぐらいでは済まない非常に高度なからくりを「知らない」、「知りえない」、「理解できない」だけ。私達人間は、ともすればこの「自身/人間の限界」があるという事実を拒否しようとします。(エゴですね。)
 
例えば、チャネリング。それが私達自身の脳(またはそれ以外のもの)の隠れた機能なのか、それとも現に目に見えない別の存在のメッセージを受け取っているのかは分かりませんが、ここではメッセージを受信しているとして考えましょう。メッセージは「ただそうである」という形で送られることが多いです。理論的、科学的根拠や裏付けはざっくり無視されて、「ただそれ」。(私が自分の未来を無意識に受信している時もそうでした。理由なんか知らない。イメージがあるから、それを書いてみただけ。)
何故でしょう。色々説明してくれたらもっと納得できるのに?
 
でも考えて見てください。私達が自分たちより幼稚な機能をもったもの、機能自体にかなり限界があるものに、それが「理解」とかできないことを説明しようとしますか?例えば、パソコンのスクリーンにある映像を流したかったとして、そういう風にパソコンにインプットするわけですが、パソコンにはまず「感情」という機能が無いし、AIみたいに自分で考える能力も非常に限られてるから、とりあえず「パソコンの機嫌を見て」とか、「パソコンに私の気持ちを解ってもらって」とか、「このプロジェクトの要点を踏まえてもらって」とか、そもそも考えないですよね。そんなの求めたところで無駄だから。
 
そこに高次の存在がいるとして、明らかに彼らは人間の理解を超えたロジックを知っているけど、人間の事象に対する理解力の限界を解っていたら、わざわざ私達に、私達が「理解できない」ものを教え敏そうとはしないでしょう。パソコンに気持ち分かってよって言ってるのと同じだから。仮に理解させようとしてくれても、そもそも私達がそんなものキャッチできません。パソコンが気持ち分からないのは、パソコンのせいじゃないように。(パソコンに「憑いてる」何かは分かってくれるかもだけどね…)
 
また、時にメッセージが複雑すぎて、人間の、または受信した個人の理解範囲を超えている、もしくは個人のエゴによって曇っている場合(「これは信じたくない」、「これは筋が通らない」、「これは…?多分このことを言ってるんだろう。」等)は、メッセージ事態が受信側で編集されることもあります。パソコンに指示を入れたら、思うどおりに動いてくれないこともありますよね。パソコンはパソコンのロジックと機能内で動くから。なので、「チャネラーが言ってたことが全部真実」なわけでもありません。(それ以前に、スピリチュアルな意思が真実しか語らないというのがそもそも偏見ですが。憑依霊とかの話し、鵜呑みにする?人間の集合意識がそう言ったら、それが「真実」?)
 
人間は素晴らしいと思います。私のような、機械も科学も数学もさっぱりな人からしてみれば、エンジニアとか科学者なんてもうマジシャンですよ(笑 主人がパソコンに何やら司令を打ち込んで、好きな映画がダウンロードされて、あなたは魔法使いですか?!みたいな。(恐らくこれらの分野に興味が持てたら、人並みの理解力はあると思います…多分。でも全く食指が動かないんです。イヤイヤ病勃発。笑)
でも主人からしたら、自分の弱い機能である「人の心を読む」ということが私に自然にできることの方が、よっぽど魔法のようでしょう。私からしたら、「人間の感情をちょっと詳細にロジカライズしている」だけですが。
 
ちょっと世界見回しても、すごいですよね、人間。(すみません、歴史も政治も苦手分野ですので、大したこと言えませんが…)医療も機械の発明も文化やアートも、個々人からしたら「神がかり」に見えるもの沢山ありますよね。
そんな、私達お互いからしたら素晴らしい人間様ですが、蟻塚つくって喜んでる(のか分からないけど)蟻が人間理解しようとしても無理なように、それでも私達は「理解できないものは理解できない」んです。私達自身の脳や体の造りの詳細を含めて、世界の事象の詳細なんて、人間の理解範囲に及ぶものじゃありません。時々高次の存在が特定の人間にメッセージを送って、その人がある種「人智を超えた」偉業を成し遂げることはままあると想像しますが。
 
そこで私達は、例えば「科学」と「スピリチュアリティ」に線を引いてみて、自分達をひとまず安心させようとします。無知を認めるのは、ある種の人間には恐怖にも感じられるものだから。幽霊のようなもので、得体が知れないとなると、イライラ、ソワソワ…だから「知った気」になりたい。安心ゾーンにいたい。
多くの人が実際に目の当たりにしたり、感じている肉体的な現象を「科学的根拠が無いから」真実では無いというお医者さんのようなものですね。(因みに私、男女を妊娠した時の違いとして言われる「俗説」、ほぼ全部当たってたんですが。)もしくは、明らかに科学と矛盾しているのに、何でも「スピリチュアルだから」自分たちの信仰や信念が正しいと言い張る聖職者のようなものです。
 
でも何故、「知らないこと」はそんなに怖いことなのでしょうか?
多分このイライラやソワソワは、「神への信頼」が高まると共に減ると思います。
もしあなたがこの記事を読んで、イライラ、ソワソワ感じるようであれば、あなたの神様に「私を愛していますか?」と訊いてみてはどうでしょうか。「はい、勿論」と答えてくれたら、その不信感も、少しは穏やかになるかも知れません。(因みに私は、不信感いっぱいで常に神にチャレンジしてます。一方で、「どうせ愛されてるし」みたいな子どもの駄々っ子でもあります。笑)
 
Pink Pig でした。